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親の絶望の中に隠れる子どもたちの希望の光~不登校の少女と出会って~

5月 23, 2018
Photo by Aaron Burden on Unsplash

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 今日は、私の大好きな友人の誕生日。十代最後の誕生日を迎えた彼女が私にこれまで教えてくれたことは(きっとこれから教えてくれることも)、私が子どもたちと向き合っていく上で、そして、自分の人生を歩んでいく上で、なくてはならないことばかり。こんな素晴らしい気付きは、私だけじゃなくて、子どもと向き合っている多くの親や教育者、大人たち、そして何より他に苦しんでいるかもしれない子どもたちにもシェアすべきだと思うので、記念すべき日に感謝を込めてここに記したいと思う。

【不登校だった彼女】

親御さんの紹介で出会った頃、学校に行かずほとんど家に閉じこもることが多かった彼女。「なぜ学校に行かないの?」ときくと
「宿題ができないから」と教えてくれた。
きっと理由はそれだけじゃないと思うが、そう答えてくれた

「難しいの?それともやる気になれないの?」ときくと(理由はこの2択だけとも限らないが)、後者の方に近いということだった。

そのまま学校に行くことで、宿題ができない自分がダメな人間に思われてしまうことを恐れていたという。(きっと言語化できない他の想いもたくさんあっただろう)

「それで学校に行かない時間は何をしていたの?」ときくと
「自分がなぜ宿題ができないかを調べていた」と。 

この思いがけない回答に、私は、すごい!興味深い!と心からワクワクした。彼女は、自分と向き合う時間、自分を知る時間(メタ認知)の時間をとっていたのだ。

【学校に行かない理由】

学校に行かない子どもたちは、それぞれちゃんとした理由がある。私は、ここに宝物の原石が隠れていると思っている。

彼女も、そこを掘り下げることで見えてきた本当の自分の想いがあったようだ。自分の興味のあることを学びたい、それをしっかり探したい。そのための行動をしていきたい。人間関係も自分のやりかたでゆっくりじっくり積み上げていきたい。それに向かって、しっかりしっかり歩き出している。目に見える結果や業績だけでなく、内側の結果や業績に目を向けることは本当に大切だ。それが外側に繋がっていき自分の求める人生へと向かう。それを近くで見せてもらっている。

【当たり前を疑う力、強いこだわり、強い感情】

毎日きちんと学校に通っている子は素晴らしいと思う。

同じように、学校に行くことを一旦お休みしている子も素晴らしい。私は心からそう思っている。

(同様に、宿題や勉強を毎日きちんとしている子は素晴らしいと思う一方で、勉強や宿題をしたくない子も私は素晴らしいと思う。したい理由がないときには、できっこないからだ。やらないと大変なことになりそうだと思いながらも。そういう子は、根本的なモチベーションを組み立てたらすごい力を発揮すると思うから。何がモチベーションになるかは本人にしかわからない。モチベーションは与えるものではなく、内側から湧くものだから。)

彼ら彼女らだって程度の差こそあれ、本当は怖いのだ。学校に行かない(勉強しない)自分はダメだ。きっと自分の将来はもうない…と思っているかもしれない。それでも何らかの理由があって行かない、行けないのだ。不登校を適応行動とみる専門家もいる。

また、学校に行かない子は、「学校に行く」というみんなが当たり前と思っていることに、疑問を持っている子も多い。私はこの能力も素晴らしい能力だと思う。当たり前を疑う。常識を疑う。これからの時代に必要な力の1つ。

じゃあ、どうしたいのか?

ここを掘り下げていくことで次の道が開けると思う。掘り下げた結果、学校に戻ることを選択する子もいると思う。もちろんそうじゃない子も。

また、「学校に行った方が、世間的にも親にとっても本当は良いんだろう」と思いながらも、行けない、行かない、という子は自分の強いこだわり、何らかの強い感情を持っているからだ。それはものすごいエネルギーだ。

だからこそ、そういう思いやエネルギーを少しでも理解して、これからの未来を、自分ならではの人生を切り開く力に転換していって欲しいと強く思うのだ。ものすごい可能性の塊だから。

【誰も正解がわからない今の選択と未来】

今、多くの親御さんから、これからの不確実な未来に対して、子どもたちはどんな準備をしたらいいのか?という質問を多く受ける。もちろん、私にもわからない。専門家がある程度の予測をしていても、本当にそうかは誰にもわからない。

だからこそ、何が起こっても大丈夫!という心を育てることが非常に大切だと思う。ピンチに陥っても逞しく生き抜く力、楽しむ力、幸せを感じる力が本当に大事だと思う。

そんな時、子ども時代に「不登校」という経験をしている子どもたちは、すごく力をつけるチャンスを得ているという見方もできる。(決して不登校を進めているわけではなく、そういう状況にいる子どもたちへの考え方として)

ピンチをチャンスにして、正解がない中、自分ならではのやり方で解決して、未来を切り開いていく、そんな力を十代で身に付けられたとしたら、その後の人生をかなり力強く生きていけるのではないだろうか。

だからこそ、1人1人の「学校に行かない理由」を周りの親や大人が建設的に掘り下げて、そこから見えてきた原石をもとに挑戦するということをゆっくりゆっくりすすめていくのはどうだろうか。学校に行かない自分にポジティブな態度で接してくれる大人がいるだけで、子どもはだいぶ救われると思う。ものすごい時間がかかるかもしれないが、彼らの人生はまだまだこれからだから、むしろここに時間をかけるべきだと私は思う。

【成功とは?幸せとは?】

成功とはなんだろう?

幸せとはなんだろう?

もちろん、1人1人違う。これだけ価値観の多様化が進む中で、この違いはますます広がるだろう。であれば、やはり自分の内側に目を向けて自分をしっかり理解すること(メタ認知)は必須なのではないだろうか。自分が何を求めているか、何を幸せと感じるか。

みんながすごいと言ってくれそうな業績だけにフォーカスしていても本当の幸せには繋がらない。

だからこそ、内省の時間をとっている子どもたちを心から尊敬するし、応援したいと思う。

【親が絶望することで奪われてしまう光~親の絶望が子どもの希望?~】

 我が子が不登校になってしまったら、ほとんどの親は絶望してしまうかもしれない。でも、私は、そこに隠れる光に希望を持ち、ワクワクさえしてしまう。その子の強い想い、こだわり、感情、そこにあらためて光を与えることで生まれる新しい未来があると思うから。あなたのお子さんが先駆者として切り拓く未来があるかもしれない。

そこで、もしも親が絶望し続けて、学校に行くことだけをゴールにしてしまったり、嘆き続けたりしてしまったら、その小さな光が育つのが難しくなってしまう。だからこそ、悩んでいる親御さんにもこのメッセージを届けたい。

私が出会った少女のお母さま、私がとっても尊敬しているお母さまは、私にこんなメッセージをくださった:

「私は、娘が不登校になる頃、娘のことを理解しようとしない親でした。というより、理解ができませんでした。固定観念に囚われ過ぎて、そこから逸脱する娘を見て、谷底に落ちていくように思って無理矢理引き上げようとしていました。でもそれは違いました。

本当に娘は強い子です。まさに命がけでやっていますからね。娘は本当にすごいです!」

こんな風に思えるようになるまで、どれだけ多くの時間と心のエネルギーを使われたでしょう。大人が変化するのは子どもが変化するよりもずっと大変です。でも、我が子への強い強い愛情で変化されたんですね。そういう強い愛と信頼から彼女はどれだけのエネルギーをもらっているでしょう。でも、そう思ってもらえるように行動し続けたのもまた彼女です。この親子に教わっていることが本当にたくさんあります。

【私が幸せにならなくちゃ】

 今、その少女は、「私は幸せにならなくちゃ。それで、生き辛さを抱えている人に思いを届けたい。」と言っている。私は、そんな想いをもって挑戦しているという事実だけで、もう彼女が眩しくて仕方ないし成功者なんじゃないかと思う。1人1人違う、幸せのかたち成功の在り方。彼女の今の様子は、私にとっては「成功」「幸せ」と見えて仕方ない。

 先の見えない未来に向かって、正解のない問いに協力して答えを創りながら、切り開いていく。こうして強くたくましくなっていきたい。そして、自分の幸せに繋げていきたい。

 色んなことを教えてくれる彼女に感謝を込めてお誕生日の今日、まとめてみた。彼女に出会って私の死生観もだいぶ変わった。(それに関してもまたいつか記せたらと思う)

心から心から、お誕生日おめでとう!生まれてくれて出会ってくれて、本当に本当にありがとう!!これからもどうぞよろしくね。

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